Elegance in Simplicity 真っ当なものを真っ当に作る。無化調を貫く[ラーメンABE’s]のアティテュード ラーメンABE’s
ラーメン未開拓の地だった静岡に、ラーメン専門店、それも化学調味料不使用の「無化調ラーメン」を持ち込んだのが、今回のインタビュイー・安部圭伍さん。2012年に[ラーメンABE’s]を静岡市内でオープンし、以来系列のラーメン店や冷凍餃子専門店などを作り、拡張と進化を続けてきた。その店の成り立ちやこだわりを深掘りすべく行われた今回のインタビューでは、筆者の質問に対し、言葉を吟味しながら話す様子が印象的だった。
「無化調ラーメン」を静岡へ。脱サラして進んだラーメンの道
◇今日はよろしくお願いいたします!まずは、安部さんの経歴から教えてください。
1984年1月、静岡生まれで、大学で東京に行きました。そこでラーメンに出会って。もともとラーメン好きだったんですけど、その当時のラーメンといえば、静岡には街中華くらいしかなかったんですよ。で、大学の時に東京で出会った無化調ラーメン(化学調味料を使わないラーメンのこと)に「こんなうまいラーメンがあるのか」って衝撃を受けたんです。麺もスープも全部違ったんですよね。で、一旦は大学卒業後、静岡でサラリーマンになったんですけど、やっぱりあのラーメンを静岡でやりたくて、サラリーマンをやりながら静岡で屋台ラーメンを始めたんですよ。家で毎週毎週ラーメンを作ってたんですけど、作っては捨ててを繰り返すのがもったいなかったので、週末だけ屋台をやることにしました。
◇その屋台での活動は何年くらいのことですか?
2008~9年ですね。2年くらいやりました。そのあと、脱サラして東京に3年間修業に行きました。好きだったラーメン屋さんで働かせてもらって、帰ってきて2012年に[ABE’s]をオープンしました。あとは、これ書けるか分かんないですけど、やっぱお金稼ぎたかったんですよね。当時テレビでもラーメン店に密着した番組が多くて、それを僕がちょっと間に受けて(笑)。[ABE’s]がオープンした当初はラーメン専門店のようなものは多くなくて。静岡市外ではあったんですけど、市内では1~2店舗くらいじゃないですかね。これだったらお金持ちになれるなみたいなのもありましたね。でも当時無化調ラーメンが市内にはなかったんで、最初は批判がすごい多かったんですけど。
◇そうなんですか! 「無化調」というとポジティブな反応がある気がしますけども。
そうですよね。僕、私生活も結構無化調人間なんです。その方がおいしいので。で、そのおいしさを分かってくれるファンの人たちも、初めは少数だったんですけどだんだん多くなっていったって感じですかね。多分最初ハマってくれたお客さんは、県外でラーメン専門店のラーメンを食べたことがある人なのかなあと。
◇無化調ラーメンの良さはなんですか?
自然なうま味ですかね。化学的なうま味がないというか。うちのスープは、メインは鶏でだしをとってます。そこに煮干しとか、カツオとか、あとは香味野菜ですかね。
◇一番よく出るラーメンはなんですか?
丸鶏ラーメンがよく出ますね。名古屋コーチンをメインで使っている、鶏だし100%のしょうゆラーメンです。ラーメン業界の言葉でいうとライト白湯というジャンルになります。むずかしいですよね(笑)。白湯というと白濁した豚骨ラーメンみたいなスープなんですけど、「ライト」白湯なんでクリアと白濁の間くらいな感じ。
◇[ABE’s]にはラーメンの種類が結構いっぱいありますよね。種類を多くした理由はあるんですか?
始めたら辞められなくなったからです(笑)。お客さまからご要望があって、気づいたら増えてました。
◇最初はどのメニューからスタートしたんでしょう?
最初は、醤油ラーメンと塩ラーメンとつけ麺だけだったんですよ。そこから煮干が始まって丸鶏が始まって、って感じでだんだん多くなっちゃったんです。丸鶏が一番多く出る理由は、2017年に静岡中部地区の「おいしいラーメン一杯」みたいな賞を受賞したんですよ。
◇なるほど、だからみなさんまずは丸鶏ラーメンを召し上がるんですね。ところで、安部さんがおいしいと思うラーメンって、どんなものですか?
えー…「超作り込んだラーメン」ですね。こだわりにこだわって、こだわり抜いたラーメンが、僕はおいしいなと思いますね。めちゃくちゃ作り込んだラーメンは、やっぱりラーメン屋さんとしては尊敬するんですよ。すごいなって。もうほんと素晴らしいなって思いながら食べます。もう一つおいしいと思うのは、ラーメンチャーハン(ラーメンとチャーハンの組み合わせ)。街中華のラーメンチャーハン食べたときに、「やっぱこれだな」みたいな、そういう思いもありますね。
◇味で好みがあるっていうよりかは、どれだけ作り込まれてるかっていう、手のかけ具合で、好みが分かれるんですね。
そうですね。塩ラーメンも豚骨も全部好きです。嫌いな食べ物もないですし。好んで食べないものは……シュトーレンとかあるじゃないですか。そういうのはあんま食べないですね。食べようと思えば食べれるんですけど、進んでは食べないですね。「なんでこういう風にしたのかなー?」みたいな(笑)。
◇シュトーレンのことをそういう風におっしゃる方に初めてお会いしたので、すごく面白いです(笑)。
ラフな接客と提供スピード、アートな空間から見る[ABE’s]流ホスピタリティ
◇[ABE’s]さんのウリや強みってどんなところだとお考えですか?
そうですねー。店内に散りばめられたアート的なものとか、照明とか、音楽とか。あとは回転スピードとか(笑)。多分市内でもめっちゃ速い方ですよ。スピードはかなり重視してますね。ラーメンって単価1,000円くらいじゃないですか。その値段の料理に対して「待ちたくないな」って僕なら思っちゃうので。お客さんにラーメン持って行ったときに、「はやっ! 」ってびっくりされることもありますね。それ以外のうちの売りとしては、ポップな接客。もちろん気持ちはあるんですけど、丁寧すぎるのも良くないなって思うので。いい感じの心の込もった接客というか。距離感が絶妙と感じていただけたらすごくいいですね。あとは、僕、メニュー表とか置かない人間なんですよ。ラーメンの写真とかもいっさいないお店で。
◇それはなぜですか?
ダサいからですかね(笑)。
◇今面白いなと思ったのが、9月30日に[ABE’s]さんとポップアップでご一緒されたラーメン屋さんの[サカノウエユニーク]の吉井さんも、同じことをおっしゃっていて。「メニュー表には写真は載せないし、ラーメンの説明書きも入れない」と。思わぬ共通点が出てきてハッとしました。店内をミニマムに見せたりスタイリッシュに見せたりするための工夫なんですね。
そうですね。僕の考え方として、店づくりやラーメンづくり、全てを僕が好きなようにやって、それにハマってくれるお客さんだけで良いっていう考え方でやってますね。
◇その安部さんの「好き」を言語化するとしたら、安部さんはどんなものが好きですか?どんなところにグッときますか?
僕、年々好みが変わっていくタイプなんです。味とかすぐ変えちゃうんですよ。大きくは変えないんですけど、やっぱり少しずつ変わっちゃうんですよね。たぶん飽きたりだとか、「こっちの方がいいな」みたいな感じで、徐々に変えてきてるんですよ。で、20代でラーメン屋を始めて、今年40になるんですけど、だんだん僕よりも若いお客さんが多くなってきたので、接客スタイルに関しても、僕が若い頃よりも気をつけることって少なくなってきてるんです。適当さというかラフさというか。
◇確かに、ラーメン食べに来て緊張したくないですもんね(笑)。じゃあ逆に、絶対にこれはしたくないな、だとか、しないように気をつけてることってありますか?
ほかのラーメン屋さんの真似事はしないっていうことですかね。あとは味付けとかをするときに、参考書やクックパッドのようなものは見ないようにしてます。もう感覚でやってダメだったら「じゃあこうしようかな」みたいな。あとはラーメン屋の流行はあまり考えないようにしてますね。
◇外観もすごくおしゃれだなと思うんですが、こういったところもこだわりですか?
そうですね、居抜きではなくて一から建てた平屋です。ナチュラルな木がよかったんで、外壁は、杉板を段々と重ねて貼っていく鎧張りというやつにしました。
◇店内のアートや照明や音楽にこだわっているとおっしゃっていましたが、具体的にどんなものがあるんでしょうか?
静岡のアーティストの方の作品とかが飾ってあります。静岡在住のタケルさん(TAKERU IWAZAKI)にもTシャツとかショップカードとかいろいろやってもらいましたね。あとは、村木太郎さんという方のオブジェだとか、岡本太郎の『太陽の塔』のミニチュアだとかも飾ってますね。
◇椅子や机などの什器も温もりがあってすてきです。木って、下手するとほっこりしすぎるじゃないですか。そこまでいかない、スマートさも残したラインが絶妙でお見事です。
結構店舗がでかかったんで、ほんとはもっと木もいっぱい使いたかったんですけど、そうなると消防法とかが絡んできて、今のかたちになりましたね。
◇音楽はどんなものが?
音楽はもう、うちの奥さん(安部雅美さん)が全て握ってるんで。ジャンルで言うとHOUSE系ですね。あとは照明も結構奥さんセレクトですね。
◇[ABE’s]を街の真ん中に作らなかった理由はあるのでしょうか。
僕はお金持ちになりたかったので(笑)、どこがいいのかなってすごい悩んだんですよ。結局静岡は車社会だなと思ったんで、郊外に出店することにしました。2021年に移転して今の場所になったんですけど、[ABE’s]がある沓谷(くつのや)は周辺人口がかなり多いエリアなんです。前の店は、今の店から2キロくらい離れた小さな店舗で、今よりも街に近いエリアでした。
◇移転のきっかけはなんだったんですか?
2017年に2号店を街の中心に出したんですよ。で、3つめのお店をまた郊外に出したんです。悪くはなかったんですけど、「これ一つに大きくまとめた方がいいんじゃないか」と。自家製麺の製麺所も別のところにあったんですよね。それで、移動だとか人件費とかのコスト的な面とかいろんな面で、一つに大きくまとめた方が、リスクも少なくて、自分のやりたいことができるんじゃないかと。
◇今のお店は製麺所も併設しているんですね。製麺所が近いメリットって、移動の点以外にありますか?
やっぱり打ち立てを提供できることですかね。麺の種類によっては、1日寝かした方がいい麺もあるので、ケースバイケースですが。うち、麺にも種類があって、今は4種類ですけど、時季によっては5とか。移転して1年くらい経ってから、お客さんが自分で選べるようにしました。デフォルトの麺は決まってるんですけど、常連さんのなかにはこの麺にしてほしいとか、みなさん自分なりのアレンジがありますね。
◇麺を選べるようにしたのはなぜですか?
まかないとかで僕らが食べて、「これいいじゃん」っていう組み合わせの発見があったのが大きいですね。それをお客さんにも体験してもらおうと思って。
愛する静岡で、のびのびと働き、暮らすことを目指して
◇では、静岡の話に移りたいんですが、静岡で生まれて東京と行き来しながら、結局静岡に戻ってきた理由はなんですか?
僕も奥さんも静岡出身なんですけど、やっぱりとにかく静岡にラーメン屋がなかったからそこでやりたかったっていうのが大きいです。地元愛が強いっていうのもありますけど。静岡の魅力は、気候的に一番過ごしやすいですよね。雪が降らなくて、冬あったかいんですよね。東京から帰ってくるとあったかいなって感じますね。あとは、海があって山があって。海と山の距離がめっちゃ近いんですよ。県民性としては、のんびりしてる方だと思いますね。変な人いないですね、あんまり(笑)。治安良いと思いますね。
◇静岡の内側から見て、静岡の外にアピールできる部分ってどんなところがありますか?
ラーメンだったら、結構だしが強いんですよね。東京都内よりも、だしで食べさせるラーメンが多いなと思いますね。東京は逆に、キリッとしたしょうゆで食べさせるだとか、そういう印象がありますね。あと、静岡ってほんと地理的に日本の中間じゃないですか。なんか両方のいいとこ取りみたいな感じはしますね。
◇そういったいいとこ取りの感じは、食べ物以外にも現れていそうですね。たとえば言葉とか。そういえば安部さん、あまり静岡弁が出ないですね?
そうなんですよ。僕東京にトータルで8年くらいいたんで、出なくなりました。
◇私一個聞いたことあります、「俺っち」。一人称ですよね。
あー昔よく言ってました(笑)。最近聞かなくなりましたね。すごい便利な言葉なんですよ、「俺っち」。なんでも含みますからね。「俺っち」=「俺ん家」だとか、「俺の友達」だとか。
◇えっ!? 「俺」という意味だけじゃなくて「家」のことを指したり「友達」のことを指したりするんですか?
そうですそうです。
◇じゃあどれのことなのかは文脈で判断するしかないんですね。方言らしくて面白いですね。では最後に、これだけは伝えたい!ということはありますか?
ラーメンは、ほんと自分がおいしいなって思うものをとにかく出すと。あとはもう、自分がどれだけ自由にやるかっていうのを、ずーっと考えてますね。毎日。僕ラーメンすごい好きだし飲食店もすごい好きなんですけど、なんかこう、今ラーメン屋さんを引退するために頑張ってるみたいなところもあるんですよ。ノンストレスで生きたいんですよ。まだそれできてないんですよ。やっぱ人間関係だとか。おっきい店なので人多いんですよ。自分の思い通りにいかない部分も認めては妥協したりだとかが、今あるんですよ。なので、そこをぜーんぶクリアして、ノンストレスなお店とか、人生を目指してます。金銭的にも全てが自由なところを目指してますね。
「自分が良いと思うもの」を真っ当に、丁寧に作り込めば、自ずとおいしくなるし、そのおいしさを分かってくれる人も現れるはず―。初めて無化調ラーメンを食べたときに感じた衝撃が信念に変わり、今もなお安部さんの原動力となっている。「全てを僕が好きなようにやって、それにハマってくれるお客さんだけで良い」。自分と他人を信じるからこそ生まれる自由さ、ラフさを求めて、静岡を代表するラーメン店は、今後さらに深化を続けるだろう。
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静岡における無化調ラーメンの先駆者にして代表格。看板メニューの「丸鶏ラーメン」をはじめ、塩、煮干し、鶏白湯など多岐にわたる味が楽しめるうえに麺の種類まで選べるというレパートリーの豊富さでも知られる。麺はもちろん餃子の皮まで自家製という高いこだわりを持つ一方で、テイクアウト専門の「GYOUZAYA」やオンラインショップも展開するなど、ファンの食欲に巧みにフィット。
住所 : 〒420-0816 静岡県静岡市葵区沓谷1354−1
営業時間 :
◉ 火・水・木 … 11:00-14:30
◉金・土・日 … 11:00-14:30 / 17:30-20:00
※土日のみ10:30オープン定休日 : 月曜日 / 第2・第4・第5火曜日