Cross-Cultural Interaction ガチ中華の先駆者、味坊集団のこれまでとこれから 味坊
「町中華」と対をなす概念として数年前に浮上した「ガチ中華」。中国のローカル&トラディショナルな味を楽しむカルチャーとして浸透しつつあるが、そのはしりといえるのが都内で12店舗を展開中の味坊集団だ。羊肉の串や鉄鍋、香辣魚(シャンラーリー)など、たしかにチェーン店ではお目にかかれないラインナップが並ぶ。しかし彼らが目指すものは、単なる“中国の地方料理の再現”ではなく、その背景にある伝統や文化の発信であり、ひいては食を通した国際的なコミュニケーションだ。
2024年秋には、静岡市の商業施設[cosa]への出店も決定。東京の中華通を唸らせた[味坊]による初の地方進出は、どんなムーブメントを引き起こすのだろう。味坊オーナーであり、ラム肉の魅力を発信する“ラムバサダー”としても知られる梁 宝璋(リョウ・ホウショウ)さんと、同じく厨房で長年指揮を取ってきた林 強 (リン・チアン)さんに話をうかがった。
「おいしい」の先にある文化伝承。[神田味坊]から続く信念
◇“ガチ中華”の先駆者として知られ、店舗を拡大されてきた味坊ですが、まずはお店を始められた時のことを教えていただけますか?
梁 : 味坊の1号店である[神田味坊]の前に、足立区でお店を始めたのが全ての始まりです。1997年。日本に来て2年目の頃ですね。女房と二人で6坪くらいの小さいお店を立ち上げました。私たちはもともと料理人ではなく料理の知識も0だったので、飲食業を始めるにあたって、友人のお店で中華の基礎を教わりました。でも最初に立ち上げたお店はキッチンの設備がそこまで充実していなかったので、ラーメンや餃子くらいの簡単な料理を出すだけでした。中華料理屋というよりもラーメン屋に近いかもしれません。
林 : 2000年に神田の[味坊]をオープンさせて、初めて中国の東北地方の料理を出しはじめました。
梁 : 私の地元の料理を紹介したいと思い、故郷でずっと食べていたラム肉やジャガイモ炒めなどを出しました。でも当初お客さんの反応は薄かったですね。「これは中華じゃないですよね?」とよく聞かれました。でも私にとっては故郷の味なので、初めは不思議でしたね。
林 : 僕は四川出身なんですが、日本にある中華料理屋で回鍋肉や麻婆豆腐といった四川料理を作るときに、周りの料理人はみんな甜麺醤(テンメンジャン)ばっかり使っていたんです。「麻婆豆腐の調味料といえば豆板醤じゃないの?」と聞いたら「日本人は辛いのが苦手だから、中国で使うような辛い油はあまり使わない」って言われたんです。つまり日本人の味覚に合わせて中華の味を変化させていたんですね。
梁 : 今の日本でよく食べられている中華料理は、私からするともはや「和食」なんです。中国にはああいう味の料理はないですからね。でも私は、国や言葉が違っても「おいしい」という感覚を共有できると信じて故郷の味をそのまま再現しています。
◇そんな[味坊]が注目を集めていったのはどういった経緯だったんでしょう?
梁 : 神田は東京駅が近くて、海外出張が多い企業に勤める方も多かった。当時は中国出張に行く方も多くて。そういう方が帰国してうちに来た時に、東北地方で食べていた伝統的な料理が食べられたんですね。「日本でこの料理を食べられるんだ!」とびっくりされましたね。それで少しずつ「本場の味」が楽しめる場所だと知ってもらえるようになりました。
それから、ナチュラルワインのソムリエの勝山晋作さんの存在も大きいです。特にラム肉を気に入ってくれて、周りの友達も連れてきてくださったりしてね。勝山さんから「味坊の羊料理は絶対ワインに合います!ぜひワインも入れてください」と頼まれたので、仕入れ先を紹介してもらって入れてみることにしました。この「中華のラム肉料理×自然派ワイン」の組み合わせがとても評判が良く、より一層いろんな方に来ていただくようになりました。
◇それまで誰もやっていなかったことをナチュラルに実践してこられたわけですね。
梁 : お店も軌道に乗ってきたところで「もっと中国の食文化を広めたい」と思って、少しずつ店舗を増やしていきます。羊専門の料理や東北地方の伝統的な鉄鍋、それから1920〜1930年代の北京風の居酒屋、あと毛沢東の故郷である湖南省の料理を扱うお店も。2022年頃には、屋台とデリバリーに特化した小さい店舗も作ったりね。
◇どれだけ店舗を拡大しても「中国の本場の味や雰囲気を伝えたい」という気持ちは同じだという。
梁 : 私にとって料理屋として料理がおいしいのは当たり前で、そのうえで文化を伝えていくことが大切なんです。例えば中国の東北地方の料理を日本の皆さんに提供することで、その地域に行かなくてもその食文化に触れられる。そういう経験は貴重ですよね。
「美食」というのは、おいしさを求めることだけでなく、言葉が通じなくても食を通して人々が理解しあえるということなんですね。だから今も新しいお店を作る時には、食文化をいかに伝えられるかを大事にしています。[味坊]のお客さんは、今まで知らなかった“中華料理”に触れることを楽しんでくださっているんだと思います。
伝統的な味や文化を風化させず伝えていく
◇ちなみに、お二人の好きな日本料理はなんですか?
梁 : 私はやっぱり刺し身やお寿司ですね!静岡に来る時はよく海鮮丼を食べます。
林 : 私も刺し身が大好きです。 中国でも魚は食べていたんですが、自分が住んでいたのは内陸の地域だったので魚は冷凍のものばっかりだったんです。だからお寿司はとてもおいしかったですね。あとワサビも好きですね。日本の素晴らしい調味料です。
梁 : 日本は各地域の郷土料理もおいしいですね。中国でもそうであるように、やっぱり地域によって違いがある。今、世界に広まっている日本の食といえばお寿司とかラーメンですが、一方で地域の郷土料理はそこまで知られていない。日本のいろんな地域の食を世界に広められたらいいですよね。「日本はお寿司だけ食べているわけじゃない」と発信していかないと(笑)!
林 : そうですね。僕も日本全国いろんなところに行きましたが、その度にその地方の料理を食べてきました。とても素敵な味です。
梁 : 残念だけど日本には伝統を伝えるお店は減っていると思います。海外から入ってきた料理も素晴らしいけど、まずは日本の郷土料理を守ってほしいですね。田舎のおばあちゃんしか覚えてないような料理も、もしもおばあちゃんがその料理を作れなくなったら伝統が途絶えてしまう。
◇確かにそうですね。日本は、海外の料理をアレンジして発展させるのが上手なんだと思います。二郎系ラーメンやスパイスカレーなどの料理も日本特有ですよね。
梁 : それもいいけど、昔ながらの食文化も大切にしてほしいですね。これは中国にも言えることです。たまに中国に帰った時に感じますが、町の現代的な中華料理屋は、提供スピードや利益にこだわった結果、料理の質がどんどん落ちています。化学調味料を使っていたり、出汁を丁寧にとっていなかったりね。もちろん経営の問題もあるから難しいのは分かりますが、本格的で伝統的な料理はなくなりつつあります。なので中国に帰った時は、伝統的な作り方をしているご飯屋さんを探して行くこともあります。そういうところはやはり勉強になりますね。
医食同源。食材や調理法にもこだわる味坊集団
◇「本場の食を伝えたい」という気持ちに加え、料理に用いる食材にもこだわりがあるとうかがいました。
林 : そうですね。二つあるんですが、まず[味坊]には自家農園があって、化学肥料や農薬を使わない有機農法で野菜を育てています。
梁 : 私が日本に来て初めて野菜を食べたとき、味をほとんど感じませんでした。というより味が薄かったんです。中国で子どもの頃食べていた野菜は、ちぎっただけで部屋にその香りが広がるほどだったんですが、日本ではそういうインパクトのある野菜は少ない。おそらく苦味をなくしているんですね。野菜は甘みや旨みもありますが、苦みも大事な要素なんです。だから自家農園を運営して自然な状態の野菜を使っています。
林 : それから[味坊]では全店舗、味の素を使っていません。
梁 : 味の素はそこまで体に悪いとは言わないですが、味がまとまりすぎて、どんな野菜を使っても全部似たような味になるんですね。そうではなく旨みも素材の味で表現することが基本だと思います。そのうえで豆板醤などの調味料も使いますけどね。
◇有機野菜を用いたり、素材の味を生かした調理を行ったりすることも「故郷で食べていた味を届ける」という目的のもとですよね。一貫性を感じます。
梁 : 時代の進歩っていうのは良いこともあります。乗り物がどんどん進化していったようにね。でも食の伝統に関してはいつまでも残るべきだと思うんです。手軽さ・便利さや、「売れるかどうか」だけじゃなく「健康のために食が必要」とみんなが考え直すことが大事です。薬に頼っていてはどんどん病気に弱い体になってしまう。まずは普段の食事を健康的にすることから始めてほしいですね。この先どれだけ時代が進んでも、食は健康のために一番重要だと信じています。
初の地方進出。静岡cosaで[味坊]のラムを楽しむ
◇たくさんのこだわりが詰まった[味坊]ですが、cosaではどんなメニューが楽しめるんでしょう?
梁 : やはり羊肉がメインになるでしょうね。お店のスペース自体はそこまで大きくないので、デリバリー、テイクアウトもできるようにしたいです。今後もいろんな地方に展開していくかもしれないですが、やっぱり一番はラム肉の魅力をもっと広めたいですね。洋食屋さんで使われているような豚、鶏、牛の多くは餌に合成物を使っているんですが、羊はどこの国でも自然な方法で育てられています。しかも基本的にはその地域の草だけを食べて育つので、例えばアジアとヨーロッパとで味が違ってくるんですよ。そういう楽しみ方もぜひしてほしいですね。
◇[味坊]ではどの国の羊が使われているんですか?
梁 : うちはアイスランドなどをメインに使っていたけど、今年からオーストラリアとかニュージーランド産も多めに輸入しています。よく「マトンは臭みがある」と言われることもあるけど、我々中国人からしたらマトンの方がおいしいんです。旨みが詰まっていて。
◇最後に静岡の皆さん、あるいはcosaの[味坊]に食べに来られる方へのメッセージをお願いします。
梁 : ラム肉の魅力を皆さんにお伝えできるように、お店で小規模なイベントも開催しようと思っているので、ぜひ気軽に遊びに来てください!
27年前に始まった小さな中華料理屋は、今や都内で全12店舗を構え、雑誌・テレビ・ウェブマガジンなどメディアからも引っ張りだこ(取材がない月はないという)。そうやって大きな企業に成長したわけだが、おそらくこれまで何度も繰り返し話してきたであろう信条を分かりやすく丁寧に話す梁さん・林さんの姿が印象的だった。それに加えて「まあ、食事はこれからも変わらないと言ったけど、1000年後にはみんなご飯食べずに注射で栄養摂ってるかもね!!」と梁さんが冗談を飛ばしてクスクス笑う場面も。
[味坊]の人気のコアにあるのは、そんないつまでも変わらない熱さと人懐っこさなのかもしれない。
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味坊集団
「中国東北地方の文化・料理を知ってもらいたい。」
“味坊集団”代表の梁宝璋氏は、自身のルーツである中国・東北地方の料理を前面に打ち出し、日本人にとって未知の食文化を伝える”ガチ中華”を都内にて12店舗展開する。コンセプチュアルな各店舗の存在感に加え、羊肉をはじめとする料理との無二の相性を誇るナチュラルワインにも力を入れるなど、常に伝統と革新の二面性を感じさせる。
https://www.ajibo.tokyo/Location : 神田味坊
住所:東京都千代田区鍛冶町2-11-20
TEL:03-5296-3386
営業時間:11:00〜14:30LO、17:00〜22:30LO(日・祝13:00〜21:30LO)