From my day to yours
“スパイス炊き込みご飯”の新境地。
全国各地に“香り”を届ける[ビリヤニすいさんしつ]
ビリヤニすいさんしつ

2階への店舗への階段を登ると、入店前から既に爽やかなスパイスの香りが鼻腔をくすぐり、気づけば空腹がブーストされていることに気づく。インドやパキスタンを中心に食べられているスパイス炊き込みご飯「ビリヤニ」を専門に扱う[ビリヤニすいさんしつ]だ。店主の奈良 岳(がく)さんは、本場インドやパキスタンの味をベースに独自のレシピでビリヤニを追求、普及している。あえて拠点を持たず飲食店への出張を軸にした“流し”スタイルの「流しのビリヤニ」から、満を持して日本橋に実店舗を構えたのが2022年秋のこと。それ以降、各地の音楽フェスやマーケットイベントからも声がかかるようになり、2024年秋には初の地方進出として静岡[cosa]のフードホールへの出店も決定。そんな奈良さんにビリヤニとの出会いや、今後の展望についてお話をうかがった。もちろんビリヤニを実食してから!
なければ自分で作る!奈良さんの“ビリヤニ道”のはじまり


◇奈良さんのビリヤニ、本当においしかったです!まずはビリヤニとの出会いから聞かせていただけますか?
もともと、叔母にパキスタン人のパートナーがいて、僕が幼稚園の頃にパキスタン人たちが家にパキスタン料理を作りに来たり、叔母がパキスタンのいろんなローカル料理をお土産で持ってきたりすることがあって。そのなかにビリヤニもありました。バスマティライス(※編集注)やスパイスの香りがとても好みで、「めっちゃうまい!」ってなったのを覚えています。そんな彼らの存在もあって、家庭のカレーもスパイスカレーが当たり前でした。逆にルーのカレーになじみがなかったので、給食でルーのカレーを食べた時、全然違う美味しさのあまり母親に「ルーのカレーライスうちでも食べたい!」とお願いするほどでした。それくらいスパイスを使った料理が身近なものだったんです。
※バスマティライス…インドやパキスタンで主に生産されているインディカ米の一品種。細長いフォルムと独特の香りが特徴。
◇幼い頃、スパイス特有の辛さやクセのようなものを特に苦手には感じなかったですか?
スパイスの風味は幼いながらに好きでした。それに僕が子どもだったこともあり、辛いスパイスはそこまで入れずに作ってくれていたんだと思います。なんならいまだに辛いものは食べられないです(笑)。「辛さ」と「スパイシーさ」ってまた違いますしね。
◇現地・インドやパキスタンの料理はそれこそ辛いものもたくさんあるわけですよね?
そうですね。辛さもそうですし、あとは油の量も違いますね。インドのビリヤニは胃もたれするほど油を使っているんですが、うちのビリヤニは油を抑えめにしています。
◇本場の味から日本人向けに絶妙にシフトされているわけですね。
それからパキスタンのスパイスカレーの工程も参考にしています。インド料理は、油とスパイスを合わせて熱して香りを出して、そこに切ったタマネギ、ショウガ、ニンニクを入れて炒めることで、ルーというかカレーの素を作っていくのが一般的な手法だと思います。しかし、僕が教わったパキスタン料理は全く逆で、油を入れた鍋を強火にして、そこにざく切りにしたタマネギをぶち込んで、炒めずにそのまま若干焦げるくらいまで焼くんです。そこからトマトとチリをがっつり入れて強火で炒めていく。そうすることでチリの辛みを旨みに変えるという手法です。僕もこの「チリの辛みを旨みに変える」というパキスタンならではの手法を、今作っているビリヤニのベースにしていて、あとはインドのハイデラバードというビリヤニ屋さんが多い町の炊き方も取り入れてフュージョンさせています。

◇ではここの味は完全に奈良さんだけのものですね。ご自身でビリヤニを作ることになったきっかけを教えていただけますか?
僕が高校生の頃、叔母がドバイに移り住んだ関係で、ビリヤニを家で食べられなくなってしまって、しばらくその存在を忘れていたんですよ。その後、高校、大学と進学をして実家を出るタイミングが来るんですが、そうなると自炊をし始めますよね。せっかくなら好きなもの、うまいものを食べたいなあと考えている時に、ふと「そういえば小さい頃はビリヤニ好きだったな」って思い出して。あの頃食べたビリヤニを自分で常に作れたらめちゃめちゃ幸せなことだなと思って。いろんなお店に食べに行ってみたんですが、当時そこまで日本でビリヤニが広まっていないこともあったのか、「小さい時に食べた味にはかなわない……」ってなったんですよ。もちろん思い出補正されてる部分もあると思いますけどね。じゃあないなら自分で作ってみようとなって。叔母から作り方を教わったり、いろんなお店のビリヤニを食べ比べたり、いろんなビリヤニ教室に参加してみたりもして、そうやって基礎を作っていきました。
◇自炊で作るところから、人に振る舞い始めたり出店を行うようになった経緯は?
大学卒業後、建築プロデュースの会社にいたんですけど、同世代の建築系の仲間と三軒茶屋の木造2階建ての一軒家を借りて暮らしていたんです。若者が集まることが外に広まって、いつしか日夜知らない人たちが宴会しにくるような場所になってて(笑)。そこで試作したビリヤニを味見がてら振る舞い続けてたら、ある日神宮前2丁目のバー[Poppies]で働いていた友人に「うちでビリヤニ出してよ」と誘ってもらって。そこで食べてくださった方がさらに呼んでくれて……と数珠つながりでいろんなところに呼ばれて出店させてもらうようになっていきました。はじめの頃は月1程度だったのがどんどん出店のペースが上がっていったので「だったらもうお店で作りたいな」と思って、この場所を借りました。キッチンがあると仕込みもしやすくなりますし、お店を開くと情報も広がるので、さらにいろんなイベントに呼ばれるようになりました。屋外のマーケットイベントに呼ばれだしたのもお店を立ち上げてからですね。



◇仲間うちで振る舞ったり、他の場所に出店したりした時の、食べた方からの反応はいかがでしたか?
そもそも「ビリヤニって何?」から始まるんですよね。今でこそ少しずつ浸透していますが、僕が作り始めた頃は「?」という感じで、イベント出店をしても、まずは「これ何ですか?」というところからお客さんとのコミュニケーションが始まっていきました。未知のものを説明して食べてもらって広まっていく面白さはありました。ただ、みんな食べたものがない料理だから大体は「おいしい」と言ってもらえるんですけど、僕からすると「まだまだこんなもんじゃない……!」と思っていました(笑)。
◇そうやって「こんなものじゃない」と味をアップデートしていかれたと思うんですが、具体的にどういった部分を磨いていかれたんですか?
色々ですね。根本的な作り方を変えてみたり、日替わりメニューのようなものを作ってみたり。でも最初の頃は定番の味をいかに洗練させていくかを考えましたね。定番のものでもマイナーチェンジを繰り返したりしていて。あとは 「スパイス炊き込みご飯」というと、今の日本ではたまたまビリヤニが広まりつつありますが、世界にはもっといろんな「スパイス炊き込みご飯」があるので、いろんな要素を取り入れられたらいいなと思います。
◇いろんな「スパイス炊き込みご飯」というと、例えばどんなものが?
マチブースっていうアラブの炊き込みご飯料理があって。丸鶏を茹でて、その茹で汁にスパイスを入れて、そこにバスマティライスを入れて炊き、チキンは別でカリカリに焼いてご飯の上に乗せるみたいな。そのほかインドでも、「プラオ」と呼ばれるものや「テハリ」というものとかいっぱいあって。そういったいろんなスパイス炊き込みご飯の良い部分を取り入れたいですね。
複数のわらじを履きこなしながら2,000食の仕込みも。

◇「流し」スタイルから実店舗を建てることになった経緯や、現在の生活サイクルについて教えていただけますか?
2022年の春頃に、ディレクターをしていた「食のニューススタンド「 COMINGSOON」が閉店したのを機に当時所属していた会社を辞めたんですが、それがきっかけとなって、改めて流しのビリヤニを本格的にやっていこうと思いました。それまで忙しかった分、辞めたあとは時間がたくさんあって。縁あって日本橋の激せま物件に出会い、2022年11月に[流しのビリヤニスタンド]をオープンしました。今はこの店にスタッフと一緒に立っているのと、それとは別で下北沢の商業施設[BONUS TRACK]のイベント企画の仕事や、不動産開発系の仕事、などをしています。
◇超多忙ですね!少し脱線しますが、イベント企画の仕事というのは具体的にどんなことを?
今、[BONUS TRACK]で担当している役割でいうと、企業のイベント案件に対して、制作やプロジェクトマネジメントなどをしてます。今でいうと、介護・福祉に関する1ヶ月間のイベントを準備しています。
◇いろんな世界を行ったり来たりされているんですね。今、店舗のスタッフさんは何名いらっしゃるんですか?
僕の他に2人います。今はリニューアルして間もないので僕も立ってスタッフと一緒にやってるんですけど、これからはスタッフ一人で回せるように持っていけたらと思っています。仕込みに関しては週に2回自分が来てやっています。あとはイベントの時に手伝ってくれる人もいます。音楽フェスの「森、道、市場 (以下:森道)」とかだと、10人くらいでやってます。ちなみに森道では2,000食ほど出ました。

◇すごい数ですね!森道に向けた仕込みもこの店舗で行われたんですか?
そうです。仕込んだ鶏肉でいうとだいたい150kg分くらいで、当日に持っていくお米も100kg分くらいありました。それでも毎日夕方の3時か4時くらいには売り切れていたので、もうちょっと仕込んでいったら良かったなって思いつつ、遊ぶ余裕もあったので楽しかったです。
“流し”から“すいさんしつ”へ。静岡[cosa]への進出。

◇日本橋[ビリヤニすいさんしつ]に加え、2024年秋には、同じく[ビリヤニすいさんしつ]として静岡[cosa]への出店も決まっています。お話を受けた時はどんな気持ちでしたか?
単純に面白そうだなと思いました。今のお店はカウンター6席しかないし、ビルの2Fということもあって売上の上限が決まってくるんですね。家賃が低いというメリットもあるんですが、これから展開していきたいと考えた時に、ここの資金だけだとまかないづらい。それに対して[cosa]ではフードホールの中に入るんですが、提供できる量が増えるという点で期待があります。そもそもビリヤニはいっぱい炊くのに合った料理なんです。でかい鍋でやるのと小さい鍋でやるのって労力がほとんど同じですしね。そういう意味ではフードホールのような大きい場所の方がビリヤニっていう食べ物の特性上、向いていると思います。なのでステップアップの一つだなと思って参加することにしました。半分ビビりながらですけどね(笑)
◇ビリヤニは現地でも大量に作られるものなんですか?
ほぼ外みたいなところで作ってますね(笑)。店の横とかで炊いたりしてるんで。ビリヤニって大きい鍋で一度に沢山炊いた方がおいしくなるんです。大きい鍋の方がムラが作りやすく、スパイスの味が濃い部分があったり、白いお米の部分が残っていたりといったコントラストがはっきり出やすくなるんです。卵かけご飯を作るときにざっくり混ぜた方が味の変化が感じられるみたいな感覚に近いかも知れません。
◇分かりやすい!ドライカレーのような「均一な味」というわけではないんですね。[cosa]では具体的なメニューは決まっていますか?
定番メニューとして「チキンビリヤニ」と「マトンビリヤニ」の2種類くらいは常に用意したいです。スタイルとしてはラーメン屋に近いと思っていて。いろんなメニューをやるのではなく「塩かしょうゆか選んでください」みたいな。それにビリヤニって、炊いてしまえばあとはよそうだけなので、提供が早く回転率も比較的高いんです。それから規模感やオペレーションに関しても、野外フェスに出店する時ととても似てるんですよ。使用する機材や備品もほぼほぼ一緒ですしね。なのでこれからの準備段階としては、お店の諸々の見せ方にも力を入れていきたいです。

◇設備がほとんど変わらないということは、普段出されているビリヤニに限りなく近い味が楽しめるということですね。[cosa]の店舗スタッフもお店作りの重要な要素になるわけですが、人材を発掘していく流れや求める人材像についてお聞かせください。
そうですね。まずは一緒に働きながら任せられそうだと思う人を見つけたいです。一緒にイベント出店したり、お店に一緒に立ったりするなかで相性が良さそうだったらお願いしたいなと思います。こちらも向こうが要求しているものを提供できるかという問題もありますし、向こうもこちらに興味を持ってくれるかというすり合わせが必要ですしね。人材については言語化するのが難しいですが、ビリヤニやスパイスが単純に好きだと思ってもらえたり、あとは好奇心のあることは重要ですかね。

奈良さんのいうとおり、彼が作るビリヤニは辛さも油も控えめでサラッと食べられたが、取材から半日経っても胃の中のスパイスの存在を感じた。この心地良い余韻を求めてまた食べたくなってしまうあたり、各方面から引く手数多であることも納得である。また、複数の仕事を掛け持ちしながらも「静岡出店後、一ヶ月くらいは自分も静岡に滞在しようかな」とビリヤニに対してどこまでも実直に向き合う姿勢が印象的だった奈良さん。静かな口調のなかにも、たしかな熱量を感じたし、更なる味の深化にも期待が高まる。
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スパイス炊き込みご飯「ビリヤニ」の専門店。日本橋に実店舗を構えつつ、「流しのビリヤニ」として各地の音楽フェスやマーケットイベントにも多数出店し、独自追求のビリヤニを提供。
住所:〒103-0023 東京都中央区日本橋本町3丁目11-10 BONUS BLD 2F
営業時間:11:30 – 14:00
定休日:月・木・日曜日