A New Dawn for Flavor 正解がないからこそ面白い。独自のメキシカンを表現する ¡夜明け前!

テーブルへ運ばれたブリトーは、恵方巻きよりも一回り太いくらいだろうか。手にするとずっしり重みを感じる。フラワートルティーヤ(注 : とうもろこしではなく小麦を用いたトルティーヤ)のしっとりした生地から顔を出したのは、トマトの酸味が程よく効いたメキシカンライスに、ごろごろのチキン、リフライドビーンズ、チーズにワカモレ。頬張るごとに食感と香りと味の組み合わせが変わりゆく。先に提供された熱々のトマトスープと、別添えのタコスチップでリズムを整えて、「お好みで!」と差し出されたサルサとハラペーニョソースでアクセントをプラス。成人でも身構えるほどのサイズ感だが、最後までリズムの変化を楽しめて、気づけばペロリと完食。静岡のメキシコ料理屋[¡夜明け前!]のブリトーには、そんなグルーヴが宿っている。オーナーの望月達馬さんは、東京での修行やアメリカ、メキシコへの視察を経て、葵区鷹匠にお店をオープン。住宅地に佇みながらも、日常を忘れさせる料理と空気感で今では「並ばずに入れたらラッキー」と言われるほどの名店に。そして2025年には、丸12年の営業に区切りをつけ、[cosa]に移転が決定。人生の節目を迎えた現在の心境に迫るべく、ランチ終わりの望月さんに話を伺った。
テクス・メクス × おばあちゃんっ子。独自の世界を表現した12年。

◇望月さんがメキシコ料理に興味を持ったきっかけから教えていただけますか?
興味を持ったのは、高校を卒業したくらいの頃です。僕よりも10個以上年上の先輩で、よくアメリカにも行っていた人が自宅でブリトーを作ってくれたんですよ。初めて食べたこともあって「なにこれ!」ってなって。その衝撃がそこからもずっと頭の片隅にはあったんです。その後、名古屋に出て飲食とは違う仕事をしてたんですけど、1回静岡に帰ってきて。そこでまた別の先輩が「都内でメキシコ料理屋を始めた連れがいるから、東京行きたいなら行ってみれば?」って教えてくれて。26歳くらいだったんだけど、その言葉を機に上京しました。中目黒の[JUNKADELIC]ってお店で、オーナーや料理長のセンスというか雰囲気が自分にも合っていて。他とは違ったメキシカンの捉え方に刺激をもらいました。で、そこで7年くらい修行して、また静岡に帰ってきて店を始めました。だから静岡の先輩たちの助言というか影響は大きいですね。あと料理だけじゃなく、メキシコならではの配色だったり世界観にも惹かれました。日本の色彩って中間色が多いけど、向こうはパキッとした原色系で、しかも組み合わせ方も独特なんです。例えばメキシコの建築家のルイス・バラガンとかも、色使いが面白いんですよ。
◇帰ってこられてお店をオープンしたのは、おいくつの時ですか?
34歳の時です。2012年の10月1日にオープンして、今年で12年経ちます。「35くらいまでに何かやろっかな」みたいなのはあったので、そういうタイミングでした。会社勤めとかじゃないし、ある意味レールから外れちゃってるからモヤモヤすることもありましたけどね。でも周りに「やるんです」って言い出すと、自分自身も「あーやらなきゃな」っていうモードになったし、周りの環境も自然に動き出すというか、いろんな人が現れて協力してくれました。内装屋さんとかもそのあたりで知り合いました。口に出すと、そうなるもんなんだなって思います。
◇やはり声に出すと引き寄せ効果があるんですね。お店作りをするうえで[JUNKADELIC]の影響は大きかったでしょうか?
そうですね。でも、もちろんそれ以外にもいろんな要素を含んでこういう雰囲気になっています。自分なりのスタイルを出さないとなーって。僕がやってるのは、アメリカのテキサス州で生まれたメキシコ料理、いわゆる「テクス・メクス」っていうスタイルです。それにプラスして、自分おばあちゃんっ子だったので、ちょっと家庭的というかおばあちゃん的な要素も含んだメキシコ料理屋になってます(笑)。

◇「テクス・メクス×おばあちゃん」のスタイルなんですね!
それからサンフランシスコのミッション地区っていうメキシコ人が多く住んでいる地域があるんですが、そこの雰囲気やカルチャーにも惹かれました。僕、タコスよりブリトーの方が好きなんですよ。ブリトーショップがサンフランシスコにはすごく多くて。巻いて食べるタイプのブリトーはそこが発祥と言われています。
◇アルミホイルで巻くスタイルのブリトーは、メキシコではなくサンフランシスコ発祥なんですか!知りませんでした。
メキシコ本国では食べたことないですね。メキシコの料理も好きなんすけど、「アメリカで発展したメキシカン」って感じの方が性に合ってるように思います。でもフリーダ・カーロ(編集注 : メキシコの現代絵画を代表する画家)の絵とか、メキシコ本国のニッチな土産物とかも店には置いてますけどね。どっちが好きとかというより、僕ん中で混ざっちゃってます。たまたま最初に行ったのがミッション地区だっただけかもしれないですけど、そこの感じが好きなので、「ザ・メキシコ」というよりも、そっちの雰囲気を出せたらなって思っています。
◇[¡夜明け前!]のブリトーは、かなりのボリュームですが、現地でもあれくらいのサイズなんでしょうか?

向こう行くとほんとでかいです。よく「大きくてお腹いっぱいです!」って言われることもありますけど「これじゃないとダメなんじゃないか」と思ってずっとこのサイズでやってます(笑)。本場のブリトーの普及活動がしたくて。
◇逆に現地の方が訪れたら「本格的なブリトーが食べられるお店があった!」となるかもしれないですね。
喜んでくれたら嬉しいです。向こうの人たちは、そこに自分なりのトッピングとしてハラペーニョとかサワークリームを入れたりしますね。メキシカンに関しては、何が正解か僕もよく分かってないんです。というよりも、いろんなメキシコ料理屋さんがあって。街や店によって全然違いますからね。日本も沖縄と北海道とでお味噌汁の味が違うように、「メキシカン」と一言で言ってもいろんなスタイルやこだわりがあるので。
◇たしかに。特定の地域のお味噌汁を指して「これが日本ならではの味噌汁の味です」と定義するのはおかしいですもんね。
そういう意味では難しいですけど、とにかく僕なりのメキシカンの表現をしています。
◇2012年に鷹匠にお店をオープンした時、地域からの反応はいかがでしたか?
めっちゃ薄かったですよ!(笑)。で、うちと同じく異国の料理をやってる飲食の方からは「地域に定着するまで7年かかるよ」って言われたんですよ。
◇7年!すさまじく長いですね。

でも、実際ほんとにそのくらいかかりましたね。だって近所の方たちからしたら「何者なんだろう?」って感じじゃないですか(笑)。近所の人たちが来てくれるようになるまでは、店が休みの日に外のマルシェみたいなイベントに出店したりとか、地道な活動をしていました。
◇店舗が休みの日に出店するということは望月さんご自身は実質休みなしですよね。
うん、店はあえて日曜日休みにしたんすけど、最初の方は出店が続きましたね。当時、出店ブームが出てきた時だったんですよね。今だったらマルシェみたいな催しってかなり多いですけど、ちょうど僕が店を始めた時くらいがそういうのがポツポツ増え出した頃で。そういうのも重なって週末は出させてもらったりしました。一回出店すると、その出店を見て「次、こっちにも出店してくれない?」って声がかかって、徐々に知ってもらえるという。ただ、そうやって出続けると、同じ人たちばっかりのコミュニティ内の繋がりが濃くなっちゃうので、それはそれで面白くないなって。僕、どっかに属するのがあんまり得意じゃなくて。だから程よい距離感でやってました。

◇12年の間、スタッフさんを雇ったりなどは?
いや、完全に一人です。逆に一人じゃないとやってこれなかったと思います。一人だったらスタッフの人件費も必要ないし、何が起こっても自分一人の責任ですからね。地域に根付くためには、他にもいろいろやりました。例えば「カルチャーものは一切置かない」というルールとかね。通りがかりの奥さんたちに立ち止まって話をしてもらうには、スケボーを置くよりもチューリップを植えた方がいいんですよね。
◇「異国の料理」だからこそ親しみやすくなるための工夫が必要になるんですね。奥深い!
だから東京から帰ってきた時は、静岡の老舗を回って何を置いてるかとかをかなり見てましたね。長く続くには何か理由があるはずなので。それを意識して観察してみると面白くて。植物でも見慣れないやつじゃなく、ポトスとかが多かったので、うちでも反映してます(笑)。
◇たしかに昔ながらの純喫茶などでよく見られるポトスも、店内の雰囲気に溶け込んでいる気がします。

あと逆に外国人がやってるお店もいろいろ見ました。日本人だときちっと整頓しちゃうところでも、彼らはざっくばらんというか、わけわかんないところに変なのいっぱい貼ってたりとかするじゃないですか(笑)。細かいところは真似できないけど、外国人の見せ方とかも見た気はしますね。そういったあたりも、知り合いの内装屋さんがアドバイスしてくれたりして。
◇内装屋さんも、数々のお店を見てきたなかでの傾向を教えてくれたんですね。
それから別の先輩でもう亡くなっちゃった人なんですけど、「ここに置いてるものは、なんにも金になんねえな」みたいなことを言ってくれたことがあるんですよ。その人はいろんなことにめっちゃ詳しくて、いろんな世界を追求しまくった結果、「逆になんにもない方が良い」みたいなところにいきついちゃった人でね(笑)。その言葉もなんか僕のなかに残ってて、それで[cosa]への移転に関しても「一回まっさらにしても良いか」って前向きに考えられたんです。
13年目にして心機一転。閑静な住宅街から、満を持して[cosa]へ。

◇今回、出店ではなく、完全に[cosa]内への移転ということですが、決め手はなんだったんでしょう?
もちろん今までの場所で安定して長く続けることも良いんですけど、ある意味自分が表現したいことはこの12年で表現できたので、場所を移しても良いかなと。刺激を求めてね(笑)。今までは内装も置き物とかも自分の好きなようにできたんですけど、移転したあとは決められたハコ(空間)の中でやるので、「どうやって表現していこうかな」って楽しみにしています。
◇鷹匠と駅前とでは、街の様子もガラッと変わりますよね。
鷹匠は街の中心から適度に離れているから、ピンポイントでうちを訪れるお客さんだけだったけど、[cosa]のフードホールは、人の流れがある分いろんな人が訪れる。そういった層にアプローチしていくのも面白そうですよね。
◇移転後のお店作りやメニューの構想について教えていただけますか?
フードホールなので、内装は今までと比べてガラッと変わるでしょうね。[cosa]に入る他のお店は強いこだわりを打ち出しているところも多いと思うんですが、僕は逆に「こういう感じでお願いします」って提示された方が面白いかなとも思ってます。もうコストコくらいまっさらの空間でも良いっすよ(笑)。もちろんフリーダ・カーロの絵とか、持っていきたいものもいろいろあるけど、だめならだめで、まあいっかって感じです(笑)。それとメニューに関しては、ブリトー含めた何種類かの料理をグランドメニューにする予定で、こまごましたのはもうやんないっすね。本場のブリトー屋さんは肉の種類も選べたりするんで、最終的にはそういうのもやりたいです。
◇ブリトーの普及活動ですね!移転後はスタッフを雇う必要も出るかと思いますが、「こういう人に来てほしい」というイメージがあれば教えてください。
この[¡夜明け前!]の雰囲気を感じ取ってくれる人ですね。あとは、それこそおばあちゃんっ子だったらいいかな(笑)。感覚的なところなので言葉で言うと難しいんですけど、なんか、パンジーとかチューリップを好きになれる感性というか、そっちの良さも知ってる人ですよね。極端にいうと、能みたいな古典芸能とか、そっちのかっこよさも知ってくれてる若い子がいてくれたら、振り幅が広がって良いなって思います。
◇[cosa]はまさにいろんな世代の方々が訪れるので、いろんな視点を持った方は心強いですね。
視野は広い方が良いですから。僕自身、ストリートカルチャーも、アートのコレクションみたいなのも、それからDIYみたいなのも好きだし。いろんなものを網羅というかチェックはしていきたい。そうすることで自分が表現したいスタイルが定まってくるんじゃないかなあと。スタイル出すのってほんと難しいですよね。だからそういう若い人が来てくれたら、自分が先輩たちから教わったことを、次は下の子たちに伝えていけたりもするし、逆に若い子たちのセンスだったり今風の見せ方も教えて欲しいし、なんなら20代くらいの子たちに対しても「一緒に遊んでください!」っていう気持ちでいます(笑)。それに上の人っちからはずっと「下を作っていけ」って言われてきましたからね。で、その子たちがまた下の世代を作っていってくれたら素敵ですよね。

連日満席になるほどの人気を誇る料理の味や、無二のメキシコ観を確立し、表現してきた芯の強さを持ちながらも、世代問わず人の声に耳を傾け、自身のスタイルに取り入れてきた望月さん。そんな彼に取材を行ったのは、鷹匠の店舗が一旦幕を閉じる2週間前。そんな節目を目前にしても「むしろなんかワクワクした方がいいじゃないすか」と話す姿からは、一人で駆け抜けたハードな12年間で育まれた心臓の強さがたしかに感じられた。46歳にして環境を一新し、1から挑戦する料理人に、新たな夜明けが訪れる。
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味もサイズ感も限りなく本場に近いブリトーや、10種類のビールをはじめ、多彩なメニューを展開するメキシコ料理店。テキサスで発展を遂げたメキシカンスタイル「テクス・メクス」に、静岡生まれ静岡育ちの店主の世界観がプラスされた店の空気感は、エキゾチックながらも訪れる人を優しく受け入れる。2025年には、12年間続いた鷹匠エリアでの営業に区切りをつけ、駅前[cosa]へ移転。新たな店作りに注目が集まる。
店舗情報
住所 : 静岡県静岡市葵区御幸町20 cosa2F
営業時間 : 11:00~21:00