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Low threshold but high aspirations “敷居は低く志は高く”。[鷹匠中華Lu]が掲げる新たな町中華のかたち 鷹匠中華Lu
静岡市葵区の落ち着いた住宅街に店を構え、近隣の住人はもちろん、ファンの胃袋を鷲掴みにして離さない中華料理店、[鷹匠中華Lu](以下[Lu])。2023年夏のオープンから数ヶ月後には連日満席。夜のピークタイムは予約しないと入れない日も多いという。
自家製の餃子や焼売をはじめ、上海焼きそばや黒酢の酢豚など、多彩かつ本格派のラインナップが楽しめる一方で、料理の美しさが際立つ器が用いられたり、店内のレイアウトがすっきり洗練されていたりと、いわゆる”町中華”のイメージと一線を画した独自のスタイルを感じる。
“お酒を楽しむ中華屋”をコンセプトに掲げる店主の青木 道大(みちひろ)さんは、飲食業界での長年のキャリアを誇り、さまざまな紆余曲折を経てオープンを迎えたという。
<町中華>という食文化をリスペクトしつつ、それを更新すべく試行錯誤を続ける料理人に迫る。
[ 病院の栄養士×酒場の見習い ]のダブルワークで幕を開けた修行時代。
◇よろしくお願いします。まずは青木さんの生い立ちや、[Lu]立ち上げまでの経緯について教えていただけますか?
自分は母親が管理栄養士の仕事をしている家に生まれました。両親が共働きで自分は男三兄弟の末っ子だったんですが、両親が仕事の日は夜ご飯代として1人500円ずつ渡されるんです。ただ、それでコンビニ弁当とかを買うんじゃなく、兄弟3人でスーパーに行って食材を買って、自分たちで料理を作るという習慣があったんです。
◇幼少期から料理を!筋金入りですね。
もちろん分からないなりにでしたけどね。そして高校卒業後は自分も栄養士の資格を取って、静岡の病院の栄養士として働き始めました。二十歳の頃に一番上の兄が東京で居酒屋を出すんですが、僕もお酒が飲めるようになって飲食業に興味が出てきていたので、その兄のお店で勉強させてもらうことにしました。日中の病院の仕事が終わったら終バスで東京に行って朝までお店に立たせてもらい、始発のバスで帰って、そのまま病院の仕事に行くという。
◇ほとんど寝ずに…。とてつもなくハードですね。
でも、それが苦に感じないくらい飲食の世界が楽しかったんですよ。それを続けているうちに、次第に「自分でも飲食やらないと後悔する」と思うようになって、4年ほど勤めた病院を辞めて飲食の世界に入ります。
◇その頃から中華に興味はあったんですか?
いや、中華には興味が一切なかったですね。病院を辞めて静岡で雇ってもらうお店を探している時に、のちに自分の師匠になる方と偶然出会うんですが、その方が中華料理屋で働かれていたんです。「働くお店を探してて」と話していたら、その方がいろんなお店を案内してくれることになったんです。バーから大衆酒場まで、とにかくいろんなジャンルの飲み屋に連れてってくれて。そして1日案内を終えたあとに
「いろんなお店があったけど、どんな感じがよかった?」
「大衆向けの酒場が特に良かったです」
「じゃあ自分のやりたいことも見えたんじゃない?」
というやりとりがあって。そこで自分のやりたい方向性も見えました。そこで気になるお店の門を叩くことになります。ただ半年くらい働くなかで分かったんですが、そのお店が正直、料理にそこまで力を入れていなくて。「思ってたのと違うけど、自分から入った以上、せめて1年は続けないとな…」と悩んでいたんです。そこに、ある日師匠がお店に来たんですよ。ひとしきり話して、お会計して店の外まで送る時に「お前悩んでるだろ。だったらここにいちゃいけないよ」って言ってくれて。その時に師匠が働いていた中華のスタッフが1人抜けるもんで「中華で良ければ1から教えるよ」と言ってもらって、そこで初めて中華の世界に飛び込みました。それが25歳の頃ですね。
◇洞察力が鋭いメンター的な印象のお師匠ですが、具体的な料理の技術も教わったんですか?
そうですね、ただ直接何かを教えるよりも「まずは自分で考えろ」という方針でしたね。例えばエビチリを教えてもらうにしても、ただレシピを渡すんじゃなく、一度自分なりに調べて作って、できたものに対して自分自身がどう思うかを考えるよう言われました。で、僕が実際に作ってみて考えを言った時点で、初めてアドバイスをくれたり、レシピを教えてくれたりしました。
◇あえてゴールや正解を見せないことで、主体的に考えるようにするわけですね!
まあ「早く教えてくれよ」と思う時もありましたけどね(笑) 今思うとありがたいです。それからそのお店にはいろんな種類の点心があったんですけど、入る前は失礼ながら「冷凍だろう」と思っていたんですけど、いざ厨房に入ると、皮から作るくらいのこだわりだったんです。それだけでなく甜麺醤(テンメンジャン)とかXO醤とかも一からお店で作っていたりね。細部までこだわり抜いているのを目の当たりにして「自分も本気で向き合わないと!」と覚悟したというか、スイッチが入った感覚がありました。
そこからその中華料理屋で4年ほど働かせてもらってから、30歳で独立して親友と居酒屋を立ち上げます。その親友もおもしろい人で、店をやる前から「たぶん2年後には、お互い考え方が変わってるだろうから、2年経ったら別々の道に進もう」って話されました。オープンの2年後に実際に答え合わせしてみたら、中華をもっと本格的にやりたい自分と、大衆的なお店を経営していきたい彼とで、やはりやりたいことが異なっていたんです。
◇親友の言った通りに!先見の明ですね。
そこから自分で店をやることに決め、物件を探してもうハンコを押すところまでいったあたりで、コロナの第三波が来たんですね。それが想像以上に大変な状況になってしまったので「これは無理だ」と思って物件の契約を一旦解消しました。そこからは知り合いの紹介で配送業で働いたり、師匠が独立したお店で働かせてもらったりしながら2年ほどタイミングを見計らうことになります。
◇なるほど。飲食業界が一番最後までコロナの影響を受けていましたね。
周りからも相当心配されましたね(笑) やっとコロナも終息に向かい、改めて物件探しをするなかで、“お店の場所”について心境の変化があって。前に契約しようとしていたのは町の中心の方だったんですが、今度はいわゆる繁華街から少し距離をとりたいと思うようになりました。それで今のお店がある鷹匠近辺で物件を探し始めたんです。
◇町の中心から距離をとりたくなったのはどういった理由が?
お客さんが目的を持ってお店を訪れてくれるような程よい距離感を持ちたいと思ったのが大きな理由です。あとは営業時間も少し短めにしたかったんですね。繁華街の方だと割と遅くまで営業しているし、親友とやっていたお店も2時3時くらいまで営業していたんです。ただ、1日でも長く店をやるためには営業時間を短くした方がいいと考えて。今は16時オープン23時クローズで営業しています。
◇程よいバランスを考えた結果、鷹匠になったわけですね。
あとはまあ、人付き合いに少し疲れていたのもあるかもしれません(笑)
体にやさしい中華でヘルシーに胃袋を掴む。
◇[Lu]は中華料理屋のなかでも、内装や食器、それからお酒の豊富さといったところに個性を感じます。どんなお店作りを目指されましたか?
「お酒を楽しむ中華」をテーマにしました。町中華のわいわいガヤガヤした空気感は大事にしつつ、お酒もきちんと楽しんでもらいたくて。
◇居酒屋ではなく中華をメインに据えたのは、やはり師匠の影響でしょうか?
尊敬する師匠が中華をやっていたのもそうですが、あとは子どもの頃の思い出も大きいかもしれません。共働きの両親がたまに連れて行ってくれる外食が近所の町中華でね。ワクワクするけど気取ってなくて緊張しない雰囲気が好きだったし「中華はちょっとしたご馳走」というイメージが大人になっても残っています。そういう小さい頃の思い出と、師匠のところで働かせてもらった経験が重なって中華をやろうと思いました。
◇2023年の夏にオープンされ、数ヶ月後には満席の日がほとんどだとうかがいました。どういった点がお客さんから支持されていると思いますか?
ありがたいですね。がむしゃらにやってるだけなので何が人気かは分からないですが、やっぱり体にやさしい食事を作ることの積み重ねは大切にしたいですね。食材にしても調味料にしても。ベタだけど「敷居は低く、志は高く」を意識しています。
◇「体にやさしい中華」がキーなんですね。
中華って油が多くて味が濃いイメージがあるじゃないですか。師匠が働いていたお店では、なるべく油を使わず、化学調味料にも依存せず、さらに動物性の油も一切使わず…と、ヘルシーな調理方法を徹底されていて。そのこだわりに共感して、うちでもそれを受け継いでいます。そうすることで胃がもたれにくくなりますしね。中華って食べ応えがある一方で、次の日に引きずることもあるじゃないですか。うちは女性のお客様が多いんですが、そういったヘルシーな料理は人気ですし、僕自身、肌に合っていると思います。
◇管理栄養士のお母様の影響もあるかもしれませんね。そんな[Lu]の一番人気のメニューはなんですか?
黒酢の酢豚なんかは好評ですね。師匠のもとで働いていた時には教わってなかったメニューです。酢豚って一般的には生の状態から揚げていくんですけど、個人的にゴリゴリした食感があまり得意じゃなくて。なので僕は一度角煮のように柔らかく作ってからシメて衣をつけて揚げるという手順で作っています。
◇まさに「ゴールを知らない状態で主体的に考える」という師匠のスピリットが生きていますね。
そうですね。「酢豚も一つじゃない」という考えのもと模索しました。
[鷹匠中華Lu]×[味坊]のPOP UP開催決定。
◇東京の[味坊]さんとのコラボが開催されることになったとうかがいました。
学べるものだらけだと思うので、[味坊]さんには好きにやってもらいたいです。
イベントの詳細はこちら
「Lu(ルゥ)」は、中国語で書くと「路(みち)」。「自分の名前の道大(みちひろ)から取って、できるだけ言いやすくて覚えてもらいやすい店名にしました」と話す青木さん。これまでの長い飲食業界でのキャリアと妥協なしの努力が実を結び、多くの人からの支持を集めるに至った[Lu]だが、学び続ける彼の姿勢は変わることはない。試行錯誤の旅路はこれからも続く。
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住所:〒420-0839 静岡県静岡市葵区鷹匠2-11-8 ツバメハイツ 1F
営業時間:16:00 -23:00
定休日:日・月曜日
電話番号:054-270-5748